大判例

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広島高等裁判所松江支部 昭和27年(う)222号 判決

検察官の所論は要するに本件公訴事実につき犯罪の証明が充分でないとして無罪を言渡した原判決は事実の誤認であり犯罪の証明は充分なるものと主張しこれに対する弁護人の答弁は原審の措置は相当であるとの主張に帰する。よつて本件訴訟記録及び原裁判所の取り調べた証拠を仔細に精査検討し尚当裁判所において取調べた各種の証拠をも併せ考えると被告人が検察官起訴にかゝる本件放火の犯罪を敢行したりとの証明は充分なるものと言わねばならぬ。けだし本件に関して被告人は司法警察員に対する第二回の供述及び検察官に対する第一回の供述において詳細に放火の自白をしているのであるからその自白の信用性を肯定するか否定するかによつて本件に関する結論は対蹠的とならざるを得ないが当裁判所は右自白の信用性を肯定する立場をとるからである。

原審は被告人の検察官に対する第一回供述調書及び司法警察職員に対する第二回供述調書における本件放火事件についての自白につき

(い)被告人が茶を飲むと眠られぬ様になる旨の供述は鑑定人村上の鑑定の結果に照し措信し難く。

(ろ)中村祐三方の放火について同家が弁護人主張の如く被告人の所有であつたとすれば之に自白にいう様な動機原因で放火したということは甚しく矛盾せる行為といわなければならないのみならず若し中村祐三方の出火が被告人の所為でなかつたとすれば延いて右中村方の放火が基となり次々に放火するようになつて遂に本件土蔵にも放火したのであるという被告人の自白の信用性も自ら薄弱となるものといわねばならない従つて右中村祐三が居宅として使用していた家屋が何人の所有であるかは右自白の信用性に重大なる影響をもたらすものであるがこの点につき検察官の立証がない。

(は)又被告人が本件放火をする為自宅を出かける際マツチ箱を携帯したのみでその他に何等放火の準備をしていなかつたことは本件の如く自宅において犯意を起しわざわざ出かけて行つて放火を敢行する場合の犯人の行動としては余りに単純に過ぎる感がある。

(に)以上の理由その他本件訴訟記録及び公判廷に於ける被告人の言動等により推認し得る被告人の性格等に徴し被告人の検察官及び司法警察職員に対する本件放火の自白は措信しない。

との理由で右自白の信用性を否定している。

しかしながら被告人の右自白中

(い)本件放火の決意に関する部分は検察官に対する供述においては「私が一人で私の部屋にしている仏間で夜の十一時頃までお茶を飲んで十一時過に床につきましたが床につくと間もなくその日叔母がお午頃米子に帰つて以来ずつと面白くない気分が続いて居りうつらうつらと考える中に、今晩又住田の家に火をつけてやろうという気持が頭に浮んで来ました左様な気持になつたのは床について間もなくであつたと思いますが未だ午後十一時頃だし今出かけたのでは少し早過ぎると思い暫く床の中でうつらうつらとして居りましたそれから眠れぬ儘に起きて床の上に坐つて見たり寝て見たりして時間の経つのを待つて居りました」(記録第二册八一丁裏八行以下)となつており又司法警察職員に対する供述においては「夕食を家族で午後九時三十分頃食べて寝たのが午後十一時頃であつたと思います私はこの日もやはりお茶を飲んで休みました………私は床に入りましたが容易に寝付きませんので床の中で色々の事を考へて居ります内に先程申上げました吉国の従兄弟の話を思い出しましてふと浮び上りましたのがこの住田の土蔵に火をつけて一賑ぎさせてやろうと思い………」(前掲記録一〇二丁裏二行以下)となつているのである。原審が指摘している部分即ち被告人が概括的に茶を飲むと眠られぬようになる旨供述した部分が鑑定人村上仁の鑑定の結果に照し措信し難く被告人は茶の中毒にかかつて居り平素は茶を飲むと却つてよく眠れるという習慣をもつているとしてもこの一事により右本件放火の決意に関する部分をも全面的に措信し難しとして排斥し去ることは首肯し難い。けだし普通の場合においてはお茶を飲むことにより却つてよく眠れる者といえども昼間より家運の衰退に関連して不快の思を続けている時には茶を飲んでから就寝してもその後間もない間うつらうつらと色々と考え事をしてしばらく眠り得ぬ事は通常あり得ることでありこの点に関する右自白は極めて自然であつて何等経験則に反する点もなし他に信用性を妨げる事情も見出し得ないからこれを措信するに足るものというべきである。

(ろ)次に中村祐三方の放火についての自白部分であるが当審証人中村祐三の証言によれば同人方には(1)昭和一四年九月頃、昭和一五年三月頃同年九月二日頃の三回に亘り火事賑ぎがあつたこと(2)第一回は同証人所有の家屋の火事で土蔵の一部を除き母家及び離れが全焼し放火事件としての取調が行はれたが容疑者が挙らず原因不明の儘で打過ぎていること(3)第二回目の火事は証人が中村金治所有家屋を借りて住んでいる時その納屋の小火であつたこと(4)第三回目の火事は同証人が被告人所有の家屋を借りて住んでいる時のことであつたこと(5)同証人は第一回の火事より数年前に被告人より山林六七町歩田一反歩位を買受けたことがあり火災当時村では金持の部類に入つていたこと等が明かであるから被告人がその言う通りの動機原因で中村方の第一回の火事に放火をしたということに何等の矛盾なく反つて自白内容が客観的事実に符合しているものといわねばならぬ。尤も被告人において右中村方の第三回目の火災も自己の放火によるものと供述したとすればその供述は輙く措信し難いであろうけれども被告人は検察官に対しても司法警察職員に対してもかかる供述はしていないのであるから原審の如き理由で被告人の自白を信用性なきものとして排斥し去ることはできない。

(は)更に被告人のいう放火の動機決意を本件火災現場と被告人の居宅附近の状況に照して考察すれば被告人の如き性格の者が放火を敢行する場合の行動として何等放火の準備をせず単にマツチ箱を携帯して出かけたことはむしろ自然であるというべくかゝる場合マツチ箱を携帯する以外に必ず何等かの放火の準備をせねばならぬとする根拠はないからこの点についても被告人の自白を原審の如き理由で信用性なきものとすることはできない。

(に)その他本件記録及び当審公判廷における被告人の言動等により当裁判所が推認した被告人の性格等に徴しても被告人の検察官及び司法警察職員に対する本件放火の自白につきこれを信用性なしとして排斥する根拠を見出し得ないのである。

又原審は証人橋本光憲の原審における証言を信用性なきものとして排斥しているが被告人の自白と右証人の証言内容とを仔細に考察すれば放火の動機原因について証人橋本は被告人は「住田から金を借りたかたに土地を渡しており土地を返してくれと言つたが向うの方では土地を返してくれないからその腹立ちでやつたといつておつた」というのであつて放火の動機は被告人が住田に対し借金の上で渡した土地に関連して同人に対していだいている反感が根本になつているが被告人の警察職員に対する自白においてもその放火の動機は同じく住田に借金の質に渡した土地に関連していだいた同人に対する妬心と反感が根本となつているのであつてこの根本事実において両者の相違は見当らぬ。只被告人は右自白で詳細に供述している住田との間のやゝ複雑な消息を橋本に対しては分り易く簡単に「土地を返してくれと言つたのに向うが返してくれないからその腹立ちでやつた」と表現したまでのことであると見るべきであらう。又証人橋本は「被告人は火をつけてから田圃道を通つて帰る途中火が燃えているかどうかと見届けたとき片方を田圃に突込んだ為に履いていた草履を置き忘れて帰つたのでこんなことになつたと云つておりました」と証言しているがこの点は被告人の検察官に対する自白及び司法警察職員に対する自白と完全に一致しており、原審証人中田薫八の証言及び司法警察員の本件事件発生当日実施した実況見分の結果によれば右橋本の証言及び被告人の自白にいう田圃に該当する地点に証言及び自白内容に符合する足跡及び草履が実在したことが明白である。されば証人橋本光憲の証言も原審の如き理由でこれを全面的に信用性なきものと断じ去ることは聊か早計たるの譏を免れぬであろう。要するに当裁判所は被告人の自白及び証人橋本光憲の証言は少くとも本件放火事件に関する限りその信用性において欠ぐるところなきものとするのであつて、弁護人の答弁書記載の主張を以てするも些かも当裁判所の心証を左右するを得ない。然るに原審犯罪の証明充分ならずとして無罪を言渡したことは事実の誤認であり且その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は到底破棄を免れない。

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